広島城/見どころ…原爆で吹き飛んだ国宝の天守閣が復元。周辺エリア、観光情報※アクセス

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広島城/見どころ…原爆で吹き飛んだ国宝の天守閣が復元。周辺エリア、観光情報※アクセス

広島城とは

時代の流れを感じ取った毛利輝元

広島城は1589年に毛利元就の孫にあたる毛利輝元が築城した。輝元は大坂城や聚楽第を目にしたときに新時代の政治を行える場所を感じとったと言われており、元々の居城だった安芸郡山城はもはや時代遅れであると感じていたのだろうか。大坂城や聚楽第の影響を大きく受けて築城したと言われている。

秀吉の聚楽第がお手本に

元々現在の安芸高田市の吉田郡山城を居城とした毛利氏は、海運を抑えるために瀬戸内海に面した城下町を形成するために工事を開始。豊臣秀吉が京都に作った聚楽第を訪れた際に近代城郭の重要性を感じ築城の参考にしたと言われている。

1589年から工事が始まるが完成後すぐに関ヶ原の戦いが起こり毛利氏は広島を去ることとなる。変わって入城した福島氏の時代に改築が行われてから原爆投下までの天守はこの時代に作られた可能性が高い。築城当時の姿は資料が少なく詳細は今もわかっていない。

広島城と原子爆弾

毛利氏20万石の居城として1599年に完成し、翌年に起こった関ヶ原の戦い以降は福島正則が入城し1945年まで天守が存在していた。ここからは悲しいストーリーを語らなければならない。1945年の8月6日に投下された1発の原子爆弾によって引き起こされた悲劇。

それまで国宝として大切にされてきた天守は一瞬にして倒壊し、使われていた木材の残骸はイカダや仮設住宅の材料として使われた。

太田川の三角州に建てられた城は湖に浮かぶ城のようであった。広島市に原子爆弾投下の際はアメリカ軍の破壊目標地点に設定され、焼失は免れたものの倒壊して1年間放置された。再建のめどは立たず木材のほとんどは燃料にされ、1958年に天守が復元された。復元するということが決まった時は再び木造にするかどうかの議論がなされ、二度と倒壊することのないようにと鉄筋コンクリート製の天守として復活を遂げた。

広島城と広島カープ、サンフレッチェ広島

広島カープ、サンフレッチェ広島と広島城の関係は一見無関係のようですが実は深い繋がりがある。広島城は別名「鯉城」とも呼ばれており、市民に親しまれてきた城。鯉は英語で「カープ」、お互いに地域のシンボルとして親しまれている関係である。サッカーのサンフレッチェ広島は毛利元就の「三子教訓状」がルーツと言われており、双方とも地元広島、地域密着型であるということがわかる。

福島正則は豪快な人!?

石田三成とかなり険悪な関係だった福島正則。関ヶ原の戦いではいち早く徳川軍につくことを宣誓していた。2歳で重い石臼を腰に括り付けて歩き回ったり、7歳で年上相手に取っ組み合いの喧嘩をしたりと、かなりの腕白ぶりであったという記録がある。

入信こそしないがキリスト教に強い関心を示すという意外な一面を持っていた一方で、献上品の品質が悪いと容赦なく問屋の主人を刺し殺すという鬼のような面もあった。

広島城見どころ

原爆に負けなかった石垣

広島城は前述したように原子爆弾の投下によって国宝であった天守が倒壊、現在の天守は復元されたもの。現存するものは石垣とお堀、土塁など。広島城の石垣には少し変わった特徴があり、それは毛利輝元の時代と福島正則の時代とで築城技術がちょうど転換した時期であったからだと言われている。どちらの時代に置かれた隅石かということは見ればすぐにわかる。

復元天守は博物館に

復元された広島市のシンボル内部は博物館になり1階~4階のフロアごとの展示に工夫がある。5階は展望スペースになっており天候が良ければ宮島の大鳥居まで見渡すことができる。常設展示されている築城からの歴史や資料、模型は城の成立と役割を知る上で重要なポイント。映像の公開も行われておりわかりやすく知ることができる。

館内では甲冑や当時の衣服を着ることのできる体験コーナーや刀の重みを体感できるなど身を持って体感することも可能。家族や友達同士で普段体験できない姿を記念撮影するもの○。

城内には広島大本営跡地と被爆した松の木、黒く焦げたあとが残った石垣など原爆の影響を残した遺構も多い。

春は桜の名所

平和記念公園や宮島の桜は有名だが広島城址の桜もおすすめ。約1,900本のシダレザクラとソメイヨシノが咲き隣接する中央公園にも約480本のソメイヨシノが植えられている。

花見シーズンは3月下旬~4月上旬。桜に囲まれる天守は戦前の古い写真にも残されている。歴代城主も天守から桜を眺めていたのかもしれないと思うと、見る目も変わってきそう。

天守台や天守の石落としは必見

広島城を訪れたなら天守の見学だけでなく天守台や天守と堀の周りにある通路にも目を向けてみよう。よく見ると刻印石や毛利氏独自の吉川積も見ることができる。

福島正則失脚と陰謀説

関ヶ原の戦い後に毛利氏に変わって入場したのが福島正則、幕府に無断で石垣の修繕を行ったという理由で失脚したとされている。実はこの修繕に関しては陰謀だったという説が有力であり、今でもその問題の石垣は見ることができますので探してみよう。

撮影スポット

ライトアップは神秘的

写真に収めるなら基町高等学校前から堀を挟んだ場所からがおすすめで、春は桜、秋は紅葉と四季を通して異なる景色が撮影できる。夜にライトアップされる時期もあり昼だけでなく夜の城も撮影可能。

ライトアップはギラギラしたものではなく静寂の中で上品を醸し出し神秘的な姿が浮かび上がる。夜のライトアップは桜や紅葉がわかりづらいため、完全に日が沈む前の時間を狙うのがベスト。

無駄のないアングルを狙え

天守もいいが櫓群も、という人には太鼓櫓の方角から多聞ごとに撮影するのがおすすめ。太鼓櫓は城址の先端にあたるため、無駄のないアングルから撮影することができる。

城址の全景を撮りたい場合には近隣の高層ビルがおすすめ。中には高層階にレストランのあるホテルもあり、食事がてらに撮影する人の姿も。

表御門は橋の正面から撮影するのがおすすめ、人がいない時を狙いたいが人通りも多いので記念撮影がおすすめ。

広島城へ行ってみよう

広島城アクセス

JR広島駅からのアクセスはバスで「合同庁舎前」を下車するか「広島バスセンター」「紙屋町」などが近いが、広島らしく市電に乗って行くのもおすすめ。「紙屋町東停留所」か「西停留所」からそれぞれ徒歩15分。「白島電停」下車なら徒歩18分。

車でのアクセスは山陽自動車道の広島ICが最寄りとなるが城址公園内に駐車場はなく近隣の有料駐車場の利用となる。最も近いのは市民病院前になるが、平和記念公園周辺に集中しているため併せて観光する人には便利。

おすすめホテルはココ

「リーガロイヤルホテル広島」は県庁前正面にあり城址公園や平和記念公園まで歩いて行ける好立地。高層階の客室や33階のレストランは食事を堪能しながら広島市内はもちろん瀬戸内海まで一望できる眺望。老舗ホテルらしくサービスも一流で一度は高層階に泊まってみたいと憧れる。海側の部屋であれば15階以上の客室がおすすめ。

併せていきたい場所は?

広島城とともに広島観光の目玉となるものは、やはり平和都市ヒロシマを象徴する建物、原爆ドームと平和記念公園周辺エリア。一瞬にして罪のない多くの人や大切なものを失った広島だからこそ伝えなければならないことがある。広島城も大いなる爪あとを残した。だからこそ、併せて訪れることを勧めたい。

広島城住所、電話番号
住所広島県広島市中区基町21-1
電話番号082-221-7512
バス停合同庁舎前
最寄り駅県庁前駅
駐車場なし
休日12月29日~31日
営業時間9時~18時 ※12月~2月は17時まで ※ゴールデンウィークと8月上旬は19時まで
料金一般370円 小中高生と65歳以上は180円 中学生以下無料
トイレあり
公式サイトhttp://www.rijo-castle.jp/rijo/main.html
アクセス県庁前駅または城北駅から徒歩12分 紙屋町東または紙屋町西電停から徒歩15分 広島駅から徒歩25分 「合同庁舎前」バス停から徒歩8分 「広島バスセンター」バス停から徒歩12分

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