大仙院/日本一有名な僧=「一休さん」ゆかりの寺。日本最古の「床の間」は必見

国内観光スポット、旅行情報サイト。サムライジャポンTOP  >  都道府県  >  京都府     神社・寺

大仙院/日本一有名な僧=「一休さん」ゆかりの寺。日本最古の「床の間」は必見

大仙院とは

茶の湯と縁が深い寺

京都府京都市北区にある臨済宗の大徳寺内にある塔頭寺院。塔頭寺院とは主に禅寺で、祖師や大寺、名刹の高僧の死後その弟子が師の徳を慕って建てた塔頭、小院のこと。大徳寺は京都でも有数の規模を有する禅宗寺院で、境内には仏殿や法堂をはじめとする中心伽藍のほか、20か寺を超える塔頭が立ち並んでいる。そのうち常時拝観可能な塔頭は大仙院、龍源院、瑞峰院、高桐院の4か院のみである。通常非公開であるが他にも石田光成の墓がある三玄院や織田信長が父織田信秀の菩提を弔うため建立した黄梅院、加賀前田家の菩提寺である芳春院などがあり建造物・庭園・障壁画・中国伝来の書画など多くの国宝や重要文化財を残している。中でも茶道具や名器とされる茶器に関しては国内にある8割の品を所蔵している。

一休さんを輩出した大徳寺

貴族や大名だけでなく商人や文化人など幅広い層の保護や支持を受けて栄えた大徳寺は室町時代以降になると「アニメ一休さん」で知られる一休和尚や「沢庵漬け」で有名な沢庵和尚をはじめとする名僧を輩出している。侘び茶を創始した村田珠光などの東山文化を担う者たちが一休に参禅して以来、大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く日本の文化に多大な影響を与え千利休、小堀遠州をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっており利休が太閤秀吉にお茶を差し上げた茶室、「書院の間」が残っている。

一休の切腹事件

衝撃の顛末

大徳寺の三門は秀吉の怒りに触れ利休切腹の原因となったことで有名な門であるが利休が秀吉と共によく訪れたことから、「茶の湯」の寺として知られている。利休は若い頃から茶の湯に親しみ、信長や秀吉に仕えてきた。切腹事件の発端となった大徳寺三門の楼閣築造は利休が費用を寄進し建築した際に楼上に諸仏とともに利休の木像が納められた。その姿は雪駄履きで杖を付いた立像だったため「そんな門の下を秀吉や高貴な人を通らせるのか」と秀吉が立腹し切腹になったという事件。他にも茶道具を高額で売って暴利をむさぼったなどいくつかの説が挙げられている。

和室の象徴 床の間

床の間とは日本の住宅の畳の部屋に見られる座敷飾りの一つで掛け軸や活けた花などを飾る場所である。四季を演出し和室の象徴とされ大切にされている。大仙院の方丈は「床の間」と「玄関」を有する最古の方丈建築である。方丈建築は平安時代に確立した寝殿造を基本としてより住みやすいよう進化したもので現代の日本住宅に繋がる書院造へと発展していった。方丈は住職などが生活する住居スペースとして使われ各部屋には狩野元信の花鳥図や、元信の弟である狩野之信の四季耕作図などが飾られており重要文化財に指定されている。

枯山水の代表的な庭園

方丈からは枯山水の名園として広く知られている庭園を眺めることが出来る。枯山水庭園は、平安時代の作庭書である「作庭記」にも記されており、京都でも古くから造られていたものであるが、庭園を限界まで縮めた大仙院の庭園は枯山水の代表的なものである。狭い庭に無数の岩石を配置して山と滝と渓流を表わすとされる。

アクセス

JR京都駅より京都市バス・大徳寺前(約30分)下車、徒歩8分

京都市北区紫野大徳寺町54-1

075-491-8346

9:00~17:00 無休

駐車場あり有料

この記事が気に入ったらいいね!してね♪
面白かった等、Twitter、Facebook、はてブでシェアを頂けると励みになりますm(_ _)m
フォローはこちら↓おもしろい情報がいち早くGETできます♪

この記事に関連する記事

こちらの記事もオススメ!

詳細検索

アクセスランキング
注目のキーワード
関連キーワード
ピックアップ記事